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ABAの基礎原理
ABAの基礎原理はスキナー博士が解明した三項随伴性をもとにした原理です。発達障害児は時に理解しづらい行動をとることがありますが、それでも実はこの基礎原理に当てはまる行動をしていることがわかっています。ABAの基礎原理。これらには大きく分けて三つあります。
- 強化
- 消去
- 弱化
です。今日は行動が減少する原理「弱化」について解説します。
弱化(罰)
弱化は言葉の通り「強化」の反対です。なぜここで(罰)と書いているかと言うと、英語ではこの弱化は「Punishment」と言う単語を使っており、その単語をそのまま訳すと実は「罰」と言う意味になるからです。
ただ、「罰」というと日本語では「体罰」「罰則」など負の強いイメージがあり、行動の原理を考える際、そのイメージが少し違ったニュアンスをもたらす懸念が考えられました。それらのことから日本語でABAを語る際、この否定的なニュアンスを払しょくして、中性的な科学用語として使うため「Punishment」を「弱化」と訳そうという風になりました。ABAの原理では「弱化」と「罰」は同じ意味ですが、否定的なイメージを引きずらないために、ここでは「弱化」を用います。
「弱化」それはつまりどういうことか、考えていきましょう。
「強化」は行動の直後にいいことがあるとその後行動が増える
「弱化」はその逆ですから、行動の直後にいやなことがあるとその行動が減るということです。
人の何らかの行動の直後にその人にとっていやなこと(不快刺激といいます)があるとその行動は以後、減少します。このことを「弱化」と言います。不快刺激のことを「弱化子」(嫌子)といいます。
私の小学校の時の話です。
私の通っていた学校は、かなり校舎が古く教室の窓際にはスチームヒーターが設置してありました。平成生まれ以降の人にはわからないかもしれませんが、銀色で波型で…こんな感じのヒーターです。
一年生の時には「新校舎」と呼ばれる新しい校舎だったのでその存在を知りませんでしたが、2年生の教室からはこのスチームヒーターが窓際に鎮座していました。それがヒーターだというのは分かっていましたが、使ってみないと、これが一体どんな風にヒーターの機能を果たすのか分かりませんでした。どうやらこのヒーターは中に熱湯が通っていて、その熱でお部屋を暖めるものだそうです。
いよいよ寒くなり、先生から「明日ヒーターの点検があります。点検が終わったあと、寒い日にはヒーターが入ります。触ると熱いので触らないように」と注意がありました。
翌日、ヒーターの中(?)から「カンカン!カンカン!」という音が響き、このヒーターがつながっている管の向こう側か何かで点検が行われているっぽい音がしました。そして、いよいよ気温が下がってきたころ、登校したときには寒かった教室が、特に大きな音がすることもなく一時間目ごろには暖かくなっていたのでした。
「おお、暖かくなった」
え、火はついてないのになんであったかいの?ヒーターが暖かいの?どうなってんの?という好奇心がふつふつと沸き上がった私は、休み時間になるとヒーターの近くに行きそぉっと触りました。
「あっち!!!!」
それはもう、めっっちゃ熱くて、やけど寸前!いややけどした?!くらい熱かったのです。(記憶によれば)
もちろんやけどはしませんでしたが、思ったよりもずっと熱くて、とても驚いたのを覚えています。
そして、その後私は一度も自分からそのヒーターに触ることはしませんでした。
私の ヒーターを触る行動は 弱化され、その後消失 しました。
先ほどの行動の後にいやなことがあり、その後行動が減る、という図式に当てはまりますね。
正の弱化と負の弱化
実はこの「弱化」。強化の原理と同様、弱化の原理には二種類あります。
- 正の弱化 (Positive punishment)
- 負の弱化 (Negative Punishment)
です。これらについて解説していきましょう。
正の弱化
先ほどのヒーターの例は正の弱化が当てはまります。
行動の直後にいやなことが足される原理です。
行動の直後に
嫌子が出現したり
嫌子が増加する
と言う経験をすると
その行動は将来起こりにくくなる
『行動分析学入門』産業図書 杉山尚子、島宗理。佐藤方哉、リチャード・W・マロット、マリア・E・マロット
わたしにはお気に入りのデニム(ジーンズ)があります。結構なお値段のそれはスリムタイプで、履くと痩せて格好よく見えるのです。5年以上前に購入したのですが、さすが高かっただけあってくたびれることもなく、今でもお気に入りです。
しかし
コロナの世の中で運動不足になり、正月実家に帰って食べまくっていた私は、どんどん体重が増えてしまったようで、先日このお気に入りのデニムを履いたところ、着れるには着れるのですが、お腹がきつい。そのデニムを履いてランチを食べた後にはもう苦しくて、こっそりボタンを外したのでした。
そうこうしているうちに、私がこのデニムを履かなくなってしまいました。
この一連の動きをABC分析してみるとこうなります。
デニムを履く行動は、デニムがお腹に食い込むという弱化子によって減っています。つまり弱化されたのです。はくと嫌なことがあったから、履かなくなったということですね。
このように、行動の後に不快刺激が加わって、その結果行動が減る現象を正の弱化と言うのです。
そういえば思い出しましたが、大学の時に寮生活をしていた私は、ある日寮に帰ると階段を掃除している女子生徒に出くわしました。「感心だな」と思っていましたが、それは大きな間違い。彼女たちは男子寮にこっそり忍び込み、男子の部屋で楽しく談笑をしていたのだそうです。
そのことが寮母さんにバレて、罰として階段掃除をさせられていたのだそうです。階段掃除をしている人はそういうことをした人だ、とほとんどの寮生は知っているわけですから、こんなに恥ずかしいことはないですよね!その後、彼女たちは男子寮に行くことはありませんでした。(男子も女子もいてもいい談笑フロアがあったので、そこで喋ってました。最初からそうすればよかったのに。)
これも正の弱化ですよね。
ABA療育で正の弱化は使用しない
いくつか正の弱化の原理を説明しましたが、基本的にABA療育では正の弱化の使用はしません。つまり何かの行動を減らすために意図的に、人為的に嫌悪刺激を与えることはしません。叱ったり、叩いたりして、行動を減らそうとはしない、と言うことです。
正の弱化(罰)は望ましくない副作用を生じることもあるからです。
それらは
- 時に感情的で攻撃的な反応を引き起こす。
- 嫌悪刺激に対して逃避、回避しようとして嘘をついたり隠したりその他の望ましくない行動に出る可能性。
- 望ましくないモデリングを伴う(つまり真似する)
- 罰する人を強化する
- 恐怖や怒りのような情動的結果がおこり、学習やパフォーマンスに有害である
正の弱化の原理を知っておくことは重要です。行動の何故を知る際にも知っておかなければいけません。けれど知ることと、正の弱化を子育てや療育で使うことは話が別です。私は正しく知ってもらいたいという思いからこの記事を書いていますが、決して正の弱化を使ってくださいと推奨しているわけではありません。
このあたりの見解を詳しく知りたい方は日本行動分析学会の「体罰」に反対する声明を読むことをお勧めします。私もよく読み返しています。体罰に関しては、他人事とは思わず、常に自分にもあるかもしれないと危機感をもってかかわるということは、教育に携わる者にとっては重要なことだと思うからです。
負の弱化
正があれば負がある。負の弱化とはどんな現象でしょう。
負の弱化は事前の状況で、もともとあったことやものが、行動の結果、なくなった、だからその後行動が減ったという現象です。
行動の直後に
好子が消失したり
好子が減少する
と言う経験をすると
その行動は将来起こりにくくなる
『行動分析学入門』産業図書 杉山尚子、島宗理。佐藤方哉、リチャード・W・マロット、マリア・E・マロット
一般的な言葉で言うと、「ペナルティー」を受ける、というあれです。
バスケの試合に出ていて、危険なプレーをするとファウルをもらい、ファイブファイルになると退場になりますよね。(…知らない人もいるかな?…なるんですよ。笑)
もともと持っていた出場権(プレーヤーにとっては重要なもの)を、反則プレーをすると取り上げられてしまう。多分そういうルールを知らない、始めたばかりの時にはハチャメチャのプレーをしているでしょう。ボールを取ろうとして相手の手をつかんだり、後ろから抱き着くようにしてボールを取ろうとするかもしれません。けれど、そういったプレーをしてそれはファウルだよ、と教えてもらったり、実際試合でファウルをもらっていく中で、(ファウルの末退場する中で)徐々にそれらの反則プレーは減少するか、少なくともファウルをしないように気を付けるようになっていくでしょう。
スポーツの場合は試合相手によってもファウルの量は違いますし、しようと思ってしていない場合もあるので全くなくなるということはないと思いますが、私たちの生きている世の中ではこの「負の弱化」を使ってルールを破る行動をコントロールしていることが多くあります。例えば
- スピード違反をする⇒罰金 (スピード違反をしなくなる)
- スポーツなどの危険行為⇒退場 (危険行為をしなくなる)
- フィギュアスケートなどの減点 (たしか危険な技や衣装の違反に対しては減点がありましたよね?)
などがそうでしょう。
レスポンスコスト(反応コスト)
負の弱化の原理から、行動修正のための技法が生まれました。そのうちの一つが「レスポンスコスト(反応コスト)」と言うものです。フィギュアの祭典の中の減点はまさにレスポンスコストなんじゃないかな。レスポンスコストは減らしたい行動に対して支払う賃金のようなものです。
トークンやお金やその他の条件性の強化子の損失が望ましくない行動の出現に続くことを「反応コスト」(response cost)と呼ぶ。
『メイザーの学習と行動』ジェームズ・E・メイザー著 磯博行、坂上貴之、川合伸幸訳 二瓶社 P189
望ましい行動に対してシールやポイントをもらい、たまったら何かのご褒美と交換できる「トークンシステム」と言うものがあります。望ましい行動に対して、トークンが得られるのに対して、望ましくない行動に対してトークンが失われるというものが、レスポンスコストです。
レスポンスコストを行う際は(ほかの介入を行う際も同様ですが)子どもが何か気に入らない行動を取ったら
「はい、だめ~!ポイント没収~」
と、大人の気分によってほうびを取り上げるのではいけません。しっかり何の行動を減らしたいのか、具体的に決めて、望ましい行動を形成するために介入をしましょう。フィギュアで「採点方法」があり何をしたら減点なのか、と言うのがはっきりわかっていますよね。ですから、減点された選手も審査員に食って掛かったりはしません。基準がしっかりしているというのは、採点する方にもされる方にも重要です。
タイムアウト
子どもの望ましくない行動を負の弱化で減らすもう一つの技法としてタイムアウトがあります。もちろん、用いる時にはタイムアウトで望ましくない行動を減らす一方で望ましい行動をプロンプトして教え、強化して増やしていかなければいけません。どんなときにも望ましい行動を増やすことを忘れずに。そう考えて行った行動介入は成功する可能性が多いでしょう。何をしてほしくないか、よりもどうしてほしいのか、が重要です。
タイムアウトは
個人が何らかの望ましくない行動を行うと、一時的に一つ以上の好ましい刺激が除去されるというものである。
『メイザーの学習と行動』ジェームズ・E・メイザー著 磯博行、坂上貴之、川合伸幸訳 二瓶社 P190
といったように、子どもの望ましくない行動を減らすために、行動の後、好子に接触する機会を奪うというものです。望ましくない行動を減らすのに効果的な介入ですが誤解が生じやすいものです。
昭和の時代に何か悪いことをして押し入れに何時間も閉じ込められた、と言う話を聞いたことがありますよね。この出来事はタイムアウトに似ていますが、タイムアウトとは言えません。何時間も、と言うのは長すぎますし、倫理的な範囲を逸脱しています。
レスポンスコスト・タイムアウトを使う際の注意点
レスポンスコストやタイムアウトは嫌悪的な刺激を与えずに望ましくない行動を減らす効果的な方法ですが、誤解や誤用されやすかったり、その間違ったイメージからも批判の対象となることもあります。
ですので、療育で使う際には使用するのは限定的であるべきで、基本的には問題行動に対処する際は消去と強化を組み合わせて介入計画を行うことが望ましいでしょう。その上でどうしても必要な場合は複数の専門家や療育者、保護者などで話し合い、介入に踏み切る手続きを踏んでください。決して行動介入の記事を斜め読みして「あ、よさそう、やってみよう」と早合点し、なんちゃってで使わないようにしてください。
現に日本行動分析学会のホームページの「体罰」に反対する声明には以下のような記載があります。
「負の弱化」の手続きには「正の弱化」によって生じるような副作用が起こる
日本行動分析学会 「体罰」に反対する声明 http://j-aba.jp/
ことは少ないとされていますが、もし情動反応が生じたとき、それに対して「体
罰」を行うことにはもちろん反対します。上述のタイムアウト法は教師によって
濫用されることもあり、また、手続き上の特性として、学び手が学ぶ機会を失う
という本末転倒な事態になってしまうため、国際行動分析学会では相応の条件
が満たされた場合にのみ使用すべき方法であるとしています(Vollmer et al.,
2011)。
教育、療育の場では「強化」中心のかかわりの中で自信と笑顔とスキルを伸ばしていくということが基本です。けれど問題行動に対して介入しなければいけないという場合は、十分に戦略を練って、本当にそれ以外の方法はないのか、よく考えてから始めるようにしましょう。
まとめ
今回は弱化についてのまとめ記事を書きました。具体的な療育の戦略を描かなかったのは、その方法が汎用性があるとも限らず、支援は常に個に合わせた戦略であるべきだからです。
我が子の問題行動を減らしたい!とお考えの方は、弱化だけ学ぶのではなく、まずは行動分析の大旨を学び、かかわり方から見直してみるのはいかがでしょうか。
参考にしたもの
日本行動分析学会HP https://j-aba.jp/